プロフィール

フォトアルバム
スタッフ

老舗酒蔵の三男(と言っても五十代)通称「ボン」と申します。伏見の地でかれこれ、三百三十年、江戸時代の初期より商いをしております。
といっても、伏見のことは、とんと無知で、これから勉強して行こうと思っています。
お酒のこと、伏見の歴史、伏見の楽しみ方を、お伝えしていきたいと思っていますので、これからも宜しくお願い致します。

最近のトラックバック

もっとお店のブログを見る

酒蔵の歴史 山本本家 Feed

2014年1月11日 (土)

酒造史 八代源兵衞著の要約 No1

 

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
 
========
祇園「友々ぼん」のネットページが出来上がりました。
http://yu-yubon.com
是非見てください。
~~~~~
本当に寒い、伏見からお届けします。
今週まで、友々ぼんは、お休みですので、
シリーズ続編、
今度は、八代源兵衞(三代前)が、書いた「酒造史」を
 

1

すべて掲載しようとしたのですが、
あまりにも読めない字が多くて断念
要約を掲載します。(結構感じが多くなります)
山本本家(塩屋源兵衞)酒造史
江戸時代の開業。当初は、塩醤油味噌の製造販売及び酒類仲買を営む。 
戊辰戦争(鳥羽伏見の戦い)の戦いで全焼
その後、明治29年 醤油製造を廃業し清酒製造を開始する。
但し、塩醤油味噌の小売りは大正10年7月1日迄継続す。
明治27年酒造蔵の新築に着手するも、
 
召集令状を受け出征渡清す遼東半島に1年
 
 平和回復後28年に帰国し残務整理の後明治29年2月に帰宅
 
10月より酒造営業す。
 
 
当初は800石内外の製造
 
酒銘「神聖」(しんせい)「河骨正宗」(こうほねまさむね)
             (河骨は、花の名前です)
 
明治30年東京酒問屋へ「神聖」の商標で出荷する
 
しかし、当時は、「正宗」流行の時代にて如何なる酒も
 
「正宗」を付けなければ売上悪しき故、明治32年
 
「河骨正宗」を使用する。
 
 
然るに明治45年 先帝陛下 崩御により 国民悲哀に暮れ
 
桃山御陵へ数万の国民日々参拝された為、
 
「神聖」印入の天幕を調へ桃山駅前に無料休憩所を設け
 
参拝者の便に供したり、「神聖」は、実に良き銘なりと
 
賛辞を受け、是を機に「神聖」本位に奮闘努力をなせり。
 
ということで、「神聖」の起源を紹介しました。
原文は、明治の文章なので漢字とカナで、読めない文字もあり
大変でした。

2

この「酒造史」はまだまだ続くのですが、これから先は、苦心の跡が長々と語られています。要は、失敗の連続をつづっています。
出来れば、次回に、簡単に説明したいなって・・・
 
======
 
鳥せい本店のツイッターです。
 
お得な情報もありますので、フォローしてください。
 
https://twitter.com/torisei1976/favorites
  

2014年1月 9日 (木)

山本本家 酒蔵の歴史と想い

シリーズで書いていた、

山本本家の酒蔵の歴史や

酒蔵の想いを一挙公開です。

 

《名水がはぐくむ山本本家の酒》

 伏見はその昔「伏せる水」と書いて「ふしみ」と呼んでいたときがあるくらい、水が豊かなところでした。私らが子供のころは自噴していたものです。井戸から汲まなくても勝手に湧いとって、井戸場には水がこんこんと湧き出ていたものです。

 いい酒を造るには、何よりもこの湧水が欠かせません。古くから名醸地として栄えたのは、酒造りに適した水が出ているところ。そして、いい水が出る場所は、日本全国を見渡しても限られています。伏見が「酒蔵の町」として発展してきたのも、ここで湧き出る水が素晴らしいものだからこそと、私は思っています。

 日本酒を造るのに水がいかに重要であるかを語るのに、兵庫県灘の西宮に湧き出る「宮水」の話は有名です。

 灘はご存じのように、酒どころとして昔から名高い地。そこで酒造りに適した宮水が発見されたのは、こんなことがあったからと聞いています。

 その昔、ある酒蔵の蔵が、東の西宮と西の魚崎というところにあった。ところが作り方も同じなはずなのに、どうしても西宮のほうがいい酒ができる。主人は不思議に思い、二つの蔵の杜氏をー要するに酒造りの技術を変えて造ってみた。けれどもなんぼやっても西宮のほうがようなる。それで今度は思い切って、西宮の水を魚崎の蔵にもって行って仕込んだところ、魚崎のほうがすぐれた酒ができたというのです。

 そこで、うまい酒造りに重要なのは水やということになった。宮水の「宮」は、西宮の「宮」をとって名付けられたといいます。

 本来、日本酒は水ありきなのです。成分の80%が水であることを考えれば、当然のことかもしれません。

 そして、われわれの酒をはぐくむすばらしい湧き水は何かといえば、伏見の「白菊水」なのです。

 白菊水というのは、このあたりで御香宮(ごこん)さんと親しまれる御香宮神社の「御香水」の湧き水と、水脈を同じくするものです。御香水は日本の名水百選にも選ばれていて、「御・香る」と書くように、口に含んでいるときに香り高くて素晴らしい味がします。平安時代に湧きだしたものですが、これには、ちょっとしたいわれがあるのです。

 境内で発見されたのは、平安時代の貞観四年(862)のこと。水が湧き出したとき。

その香りがあたり一帯に漂った。その香りにひきつけられて集まって飲んだところ、病気の人がたちまち癒されたという。どんな病を治す霊水といわれているのです。

 その御香水と水脈を同じくする「白菊水」-。

 この水は、口に含みますとまろやかで甘みがあり、いききした透明感があります。うちの「神聖」をはじめとする日本酒が、切れ味よく薫り高くなるのは、この水があるからなのです。

 酒蔵・伏見の歴史を少しひもときますと、昔から港町として発展してきた歴史があります。安土桃山時代に秀吉が伏見城を建設したころから、京都と大阪を結ぶ軍事や交通の要地として注目されました。そして、高瀬川が掘削されて、内陸の港町として発展してきたのです。大阪と京都をむすぶ中継地点として、人や物が行き来するようになり、酒屋や料理屋さん、お茶屋さんなどができてきたりして、だんだんと町が開けてきました。

 こうして町として発展したところに、良い湧き水が出てくるというのは、不思議に思われるかもしれません。

 けれどもその時代は、御香宮さんの南側には、巨椋(おぐら)池という巨大な池があり、昔から水は豊富なところだったのです。それにいま実際に汲んでいる湧き水というのは、東山山系の比叡山から、20年30年とゆっくり時間をかけて、地下を流れてきているものです。そうして京都盆地で上がってくるのがこの水なのです。

 我々の酒造りに欠かせない水は、長い歴史の中で、大切に、大切に受け継がれてきました。それは貴重な財産やと思いますし、これからもずっと守り続けていきたい。灘とともに日本酒の主産地・伏見があるのも、この水のおかげなのです。

 

《より良いものを常に探し求めて》

 

 水とともに、日本酒の原料として大切なものはもちろん米です。一般的に酒造りに適したお米というのは、食べて美味しいお米とは、形もその成分もけっこう違います。酒造りに適したお米というのは、粒が大きく、中心部に「心白(しんぱく)」という白い芯があるもの。この部分に、酒造りに欠かせないでんぷん質が含まれているのです。

 この心白が大きいと、米の中心部に麹カビが繁殖しやすく、良い酒が出来るのです。手間のかかる酒造りの工程のなかで、美味しいお酒が出来るかが、この芯白にかかっているともいえます。長い酒造りの工程の一番初めの作業は、米を磨き上げて精米することですけども、それはまわりの余計な成分を削り取って、米の真ん中のでんぷん質だけで、お酒を造るためなのです。

 ところで、山田錦やご百万石、美山錦という米の品種を耳にしたことが有りますでしょうか。これらは一般的に「酒造好適米」といわれるもので、その名の通り、酒造りに適した代表的な品種です。粒が大きくて心白が大きい。つまり白米の段階で酒造りに非常に適した優良品種なのです。

 我々の酒も、個の酒造りに適した一級品の米を使用しています。高価で入手しにくいとはいえ、良い酒を造りたいとおもいますと、やはりこうした酒造好適米を使って造りたくなるもの。

 しかし、こうした酒米の品種だけにこだわっていては、良い酒つくりには良い酒造りに結びつかないと私は思っています。

 たとえば、我々は、もう20年も前から、有機肥料米をつくっている農家と契約栽培をむすんできました。

 稲は、土壌や水の汚染をまともに受ける植物ですから、過剰の農薬がまかれていれば、農薬が残留し、酒にも影響を及ぼしかねません。そういうことがあって、農薬を極力減らして栽培した米を、我々の酒造りにも使うようになったのです。

 ただ、酒造好適米がそうであるように、すべてを有機肥料米にしようかと考えますと、そこで少々、壁にぶつかります。

 必要な量が確保できるとはいかないからです。しかし、そうであっても、そうした酒米へのこだわりは、持ち続けたいと思っています。与えられた条件のなかで、良い酒米をを求める姿勢を忘れたくないのです。

 

《酒は泣かさんように面倒を見る》

 

伏見が町として栄え始めたのは、安土桃山時代以降のことですが、ただ酒造りということに関していえば、平安時代にすでに始まっていたといいます。「酒造司(さけつくりのつかさ)」といいまして、平安京には酒造りの役所があり、朝廷から酒を造り免許が、ここ伏見に降りていたというのです。

 つまり、秀吉が腕のいい職人を集める前から、日本酒造りに重要な技術が伏見には芽生えていたということ。このころ造られた酒は、主に宮中や神社などで消費されていて、庶民は家で飲む分くらいのものを自家製していたといいます。

 いまの醸造技術というのは、そうした古い時代から積み重ねられた先人の経験の蓄積です。酒造業は伝統産業といわれますが、技術は常に進歩し今に至っています。

 さまざまな酒造経験が蓄積されて、技術が磨かれて、世情が安定した江戸時代になって、いわゆる「杜氏」という酒造りの専門職が花開きました。

 いい酒つくりには、水や米の原材料の質が問われることももちろんですけれども、こうした技の部分のウエイトも大きいものです。造り方が繊細で複雑な日本酒は、杜氏の技量によって酒の味が決まるとさえいわれています。

 我々が引き継いできた伝統の味は、高度な技術をもつ悦前杜氏によるものです。これは代々変わらず、引き継がれていること。秋口になると、杜氏・蔵人が糠の地よりやってきて、米一粒一粒丁寧に仕込んでいます。

 長い酒造りの工程でー米を丹念に磨き上げて、丁寧に洗米し、蒸しあげて麹を作り,酒母を作り、熟成させたもろみをしぼって酒にするーこのすべてに全神経を注いで作っているのです。

いまは、高度な機械技術と蔵人の腕や勘を組み合わせながら、最良の状態で酒の面倒を見ております。

 酒造業は伝統産業ということで、手作りといいますが、昔ながらの製法を守っているところがいいと思われているかもしれませんが、私は必ずしもそうとは思いません。

 酒というのは生き物です。

 仕込み始めたら相手は24時間、勝手に動いて成長していく。その間、まったく気が抜けないのです。

 これを完全に手作りしようとしたらたいへんなこと。相手は勝手に動いていますから、ひとときも目を離せません。そうなると蔵人たちはご飯も食べられないし、寝てもいけない、休みも取れないことになる。成長するまで掘っておいたらいいのやったら別にもんだいはないのですけれども、残念ながら美味しい日本酒を作るならばそういうわけにはいきません。

 よく皆さんは、酒造りといいますと、醗酵するもろみのタンクに杜氏や蔵人が櫂を入れ、膨れ上がった泡をふきこぼれないようにかき混ぜる作業を想像されると思います。しかしこの作業は、夜通し寝ずの番をしてタンクを見て回り、定期的に櫂を入れかき回すという大変な作業です。

しかし今は、蔵人がタイミングを見て機械を動かし、しばらく様子をみたらそこで少しは眠ることが出来ます。機会が働いている時間だけ仮眠が取れるのです。

ただ、酒造りのあらゆる工程を機械が管理しているのではありませんから、機械を使うタイミングなどは、やはり杜氏や蔵人に頼ることになります。

酒造りの場合は、京都の伝統的な和菓子つくりのように、手作りと機械つくりと十把一絡げに分けるとややこしいことになると思います。分けてしかるべき造り方があるのも事実ですが、酒造りの場合は、そうではないように思うのです。

赤ん坊がそれこそ毎日成長していくように、酒はどんどん成長していきます。要は、そういう成長過程の中で、どれだけ適正に可愛がってやるかということが酒造りでは一番大切なこと。酒も赤ちゃんのように、泣くこともあればねているときもあります。だから,泣かさんように、守りをしてやらないといけません。

もちろん、あくまで酒は人が造るものですから、やはり杜氏の腕がものをいいます。そうした伝統の技、機械の新しい技術の融合が、これからのいい酒を造りだすのではないでしょうか。

 

《しぼりたての原酒へのこだわり》

 

うちでいま力を入れている「源ベえさんの原酒」を飲まれたお客様から、こんな電話がかかってくることが、時々あります。

「いま、別のところのお酒と、あんたのところの原酒を飲み比べているんやけど、色が全然違うわ。この原酒黄色いぞ」

けれどもそういうときは

「ええ、そーなんです。昔ながらのお酒のように、色がついているのがその原酒の特徴なんです。」

とお話しさせていただいております。

本来、しぼったままのお酒というのは、ほんのり黄色みを帯びています。

 しかし、昭和の初めあたりから「活性炭」というものが使われ始めました。

当時、色の薄い無色に近いものが良質とされていたのです。

 活性炭は、酒の色だけでなく、香りや味も抜いてしまいます。活性炭を入れると、あっさりしたお酒を造ることが出来ます。

極端な話、しぼった段階で、濃いお酒を造っておいて、後で、活性炭で味を抜く方が簡単なのです。

しかし、美味い酒を造るということを考えたとき、味や香りを取り除く活性炭を多く使うというのは、どうか?

美味い酒というのは、やはり、しぼった時にもうそのままの状態で美味しいものだと思います。しぼったままで美味しいお酒を造ろうやないかーそうしたこだわりから、うちの原酒づくりが始まりました。

そうしますと、もろみをしぼるまでの段階で、 味の悪い部分を出すことが出来ません。ですから、製造効率としてはあまりよくありません。

それでも、そんなお酒が、自然で美味しいんやないかと思います。酵母菌が造った味がそのまま出ていて、豊かで力強い味わいがします。酒蔵ごとに個性のあった昔ながらの酒、という意味でも、今の皆さんにアピールできるものは十分あると思うのです。

今はどちらかというと、あっさりしていてアルコール度数の低いお酒が主流になっています。しかしそうした流れの中で、かえって力強い原酒の味わいを新鮮に思われる方も多いようです。ここ最近の動きをみるとそうした手ごたえを感じます。

 以前、日本酒は、特級、一級、二級という段階制度があり、決められた味の基準に合わせて作るのが普通でした。

けれども今は違います。

我々の伏見の酒はこういうもんです、この酒もあの酒も、丹精込めてこだわりをもってつくっていますということも、これからはいろいろな角度からお伝えしたいと思っています。うちの原酒は、そうしたこだわりの一つといえるかもしれません。

 

 《居酒屋「鳥せい」にみる先代の思い》

 

伏見の町の一角に、昔の酒蔵を改装して開店した「鳥せい」という、食事処があります。新鮮な鶏料理とともに、我々のつくったお酒をお出しするお店です。

唱和50年,先代が自社のお酒を多くの人に飲んでもらう場所が酒蔵の中にあっていいのではないか、と考えて始めたものです。

そのアイデアは、ドイツやフランスに行くと、ワイナリーに行くと、醸造場の横には、自分の造ったワインを簡単な料理とともに試飲できる場所が良くあります。

先代はそれを見て、日本酒でも同じようにできるのでは、と考えたわけです。

自社で造ったお酒が美味しいことは、やっぱり飲んでみないとわかりません。

ただ、先代が店を出すにあたって考えていたことはもう一つあります。

何かといえば、自社の発展というだけではなく、個の酒蔵の町・伏見の活性化にすこしでも役立てればという思いです。

そうして、酒蔵の形を残したまま「鳥せい」という新たな店を展開したのです。

いま、観光で訪れる方々は、古き良き酒蔵が残った伏見の町並みを見にいらっしゃっています。町並みというのは、長い歴史の中ではぐくまれていくもので、一朝一夕にできるものではありません。ですから、今あるものをきちんと守らなければならない。

酒蔵が残るためには、何より我々酒造メーカーが経営をしっかりしなければなりませんが、先代は使わなくなった酒蔵も、取り壊すことはしませんでした。

ふつうなら、昔の酒蔵があった場所で店を始めるというのなら、すべて綺麗にして新しくしたくなると思うのです。

けれども先代はそうはしませんでした。自分たちの住む町、歴史有る町、我々を支えてきてくれた伏見という町のことを、きちんと考えていたのです。

ありがたいことに「鳥せい」に来られたお客様に、この昔ながらの酒蔵の雰囲気はおおいに喜んでいただけているようです。

店の中へ一歩はいれば、広々とした空間に木の太い梁が見え、どっしりとした白壁があり、酒蔵らしい堂々とした空気が漂っています。店内は、本物の酒蔵ですので、そこで出るお酒は、まさに蔵から出したばかりというインパクトがあります。そうした場所の雰囲気も楽しみながら、うちの原酒や鳥料理などを味わっていただくのです。

そして、その店を出てすぐのところには、我々の酒造りに欠かせない「白菊水」が、自由に汲めるようになっている井戸があります。今も近所の方だけでなく多くの方が利用しに来られています。そうした井戸水を皆さんにお分けしているのも、伏見の水を広く皆さんに知ってもらって、町の活性化に少しでもお役にたてればという思いがあったからです。

 

酒蔵にせよ、井戸水にせよ、昔からあるものを今あるものに変え、生きた形で残していくことーそうして引き継がれてきたのが京都の伝統であり、われわれが今やらなければならないことではないかと思っております。

 

《経験のある杜氏さんがいなくなる中で》

 

いまの杜氏制度は、江戸時代ごろに出来上がったといわれています。

杜氏とは、農家や漁村から来た酒を造る専門職人のことです。この制度が出来上がるまでは、酒は、一年を通じて地元の人たちで作られていました。ところが、日本酒を造る経験が蓄積されていくうちに、寒い時期に集中して作ると美味い酒ができることがわかったのです。

寒造りへと酒造りが移行したことで、今度は冬に大量の酒を造る必要が出てきました。そうして農閑期だけ酒蔵にきて働く専門職が出来上がったというわけです。

ところが、農閑期だけといっても約半年、家族と別れての生活をする若い人がいなくなって、大きな転換期を迎えています。

お酒造りを習得するのに、大変長い期間が必要です。

杜氏になるまでには、追いまわしと呼ばれる下働きから始まって、「釜屋」「もと屋」「麹屋」「頭」など、1か所に3年として、早くても10年以上の修練が必要です。

そこで、当蔵では、高齢でも、作業ができるように、力のいる作業は、出来るだけ機械化し、少人数でも、造ることが出来、社員として、若い人材を雇用できるように変えていっています。

昔ながらの製法をかたくなに守ると同時に、更においしいお酒を造る努力をしています。

 

 《若い人に「本物の味」を伝えたい》

 

この一帯は、幕末の鳥羽伏見の戦いの舞台となったときに、ほとんどの建物が燃えてしまい、酒造業は大きな打撃を受けました。そうした苦境をのりきって、今の酒蔵・伏見があります。

そこからいろいろな変動がありつつも、長い年月を経てここまで来ました。けれども20世紀の100年間で、日本の文化も含めて、日本酒の環境は大きく変わってきたように思います。まさにこれから先が大事なときです。

いまは、若い人の日本酒離れが進んでいるという話もよく聞きます。確かに、ビールや焼酎、ワイン。ウイスキーなど、飲むものはいろいろありますし、若い人自体、あまりお酒を飲まないところもあるようです。長い間、主役の座にあった日本酒は、いろいろな酒の選択肢の一つとなって、需要がだんだん減ってきているという現状があります。

例えば、日本酒については、ちょっとした誤解もあって、手にされないことが有るのは残念です。

確かにほかのお酒に比べて、アルコール度数が高いので、気づかないうちに飲みすぎていることがあります。水分を取らないと、悪酔いすることが有ります。これは、美味しいからに他ならないと私は思います。酔ってしまう前に水を飲んでください。

それと糖尿病になりやすいという話がありますが、糖分だけで考えるとそんなに多くはなく、アルコールのカロリーが高いのと、料理を美味しくするので、食べすぎてしまうのが悪いのです。

そうした誤解を解いたうえで、我々の酒造りのこだわり、そして何百年と続いてきた日本酒文化を、若い人にどうやって伝えていけばいいのか。

若い人たちが何を求めているかというのを考えると「本物」を求めているのであって「偽物」ではないと思うのです。そこを我々業界は、間違っているところがあるのかもしれません。

例えば、女性に日本酒をもっと飲んでほしいと思う。それでワイン風の日本酒というものを作ってみようかとかシャンパン風の日本酒をつくったらいいというように、造る方は試行錯誤する。でもそうした「○○風」のものを作るのだったら飲むほうはやっぱり、その○○風の「本物」の方を飲むでしょう。

ですから、われわれは、伝統の日本酒文化というものをふまえ、本物の味とは何か、本当にうまい飲みかたとは何かということを伝えていきたい。そういう本物に出会ったときの感動を若い人に伝えたいのです。

うちのベースは基本的に、そうしたいいものをお届けするという姿勢です。これは、創業当時から変わりません。本物の味に気づいてくださる方々に支えられて、こうして今まで来れたのだと思います。本物の酒文化をどう伝えるかということが、これからは、大切になってくるのではないか、とそんな風に感じています。

京都の食文化に目を移してみますと、長い歴史の中で、変わってきたこともやはり多々あります。今の和食でも、昔の和食とまったく同じ素材を使っているわけではありません。旧来の和食の原材料とは全く違うものを使って、新たな味を作り出そうとしている方もいらっしゃいます。その流れの中で、何かを変えないといけないと思っている方は、いらっしゃいます。

伝統を引き継ぎ、本物を伝えていくということは、そうした可能性をつねに模索していく姿勢の中にあると思うのです。

 

《こだわりの酒の話》

 

以前は、いわゆる特級、一級、二級という名前で、国が一定の規格で、酒税とお酒の価格を決めていた時代が、長く続きました。

その基準に入らないけれど美味しいお酒は、すべて二級酒となり、安い価格でしか、販売できません。たとえば、古酒、長期熟成酒は、色があるので、級別審査には、絶対通りません。そうしたことで、級別制度は廃止されました。

手間暇かけて作ったこだわりが、共通して価格に反映されるようになったのです。

例えば、うちの「松の翆」

アルコール添加の無い純米大吟醸酒で、精米歩合も50%以下、山田錦や八反錦などの良質の酒造好適米を使用して、なおかつ、料理との相性も抜群のお酒です。

淡麗ですっきりした辛口で、非常に上品な味わいをしています。けれども、手をかけて作っているぶん、他のものに比べて値段は少々はるわけです。

そういう風に手をかけたお酒は、確かにうまいものです。

でも、それでは、この値段のものを普段から毎日飲めますかといったら、それは、ノーです。

普段に、安くて美味しいお酒も当然必要です。

残念ながら、一部のメーカーで、まずくてもいいから、安いお酒をつくって安売りしている酒蔵があって、残念な話です。また、その為に、日本酒は美味しくないと思われていることを全く気付いていないのですから。

当社でも、経済酒といわれる、比較的安い酒も造っていますが、飲んで美味しくないお酒は、決して出しません。

例えば、テーブルの上に吟醸酒と普通酒がある。それを、どちらか解らないようにして

「普段の料理と一緒に毎日飲むとしたら、どっちが美味しいですか?」

とブラインドで聞いたら、おそらく普通酒のほうやと答える人が多いと思うのです。

吟醸酒や大吟醸酒などは、非常に手をかけていますので、それは、たしかに美味しいものです。でもそれは、ハレの場のお酒として「これは特別やね」という美味しさともいえる。常の酒として料理と一緒に毎日飲むのであれば、普通のお酒がいちばん美味しいように思うのです。

もちろん、人によって酒の楽しみ方はいろいろです。

造り手が個性的に酒を造るのもいいですし、品質にこだわって美味しく飲める酒という切り口もあるのではないか、ということです。

うちの酒の代名詞ともいえる「神聖」をまもっていくとともに、そうした新たな酒の飲みかたを提案していくのも、我々のこだわりの一つです。

 

《お酒と料理との相性》

 

今、世界中に日本食ブームが起こっています。海外に行くと、日本食を食べるときには、日本酒という食文化が、ちゃんと守られています。

日本では、日本食を食べるときに、雑多なものを飲むようになってきました。

ワインと日本食の相性を考えたときも、まったく合わないとはいえないのですが、例えば、お刺身に、「いくら」が入っていたとします。

さて、「お刺身には、白ワインですね!」いう人がいて、飲んだとします。

どうなるかというと、口の中に、ブワーッといくらの生臭さが、広がります。

そうなんです。ワインは、生臭さを増長することが多いのです。

  もし、実験するなら、コクのある赤ワインと、いくら、キャビア、生ガキ、塩辛を試してみてください。

こんな時には、絶対日本酒です。魚の生臭みは、まったくどこかにいって、美味しさだけがひろがります。

逆に、日本酒がこの料理と相性が悪いというものが、非常に少ないのです。

  たとえば、チーズといえば、ワインですよね。

  では、大吟醸酒とブルーチーズは?

  だれでも、え?って言いますよね。

  ためしにやってみてください。結構 相性ばっちりです。

 

日本酒は、料理の相性がすごくいいのです。ただ、日本酒の場合、料理の味をよくするのですが、この料理で、日本酒が美味しくなるという意味では、難しいのです。

そうです。日本酒の味わいは、料理の味の後ろに隠れてしまう特徴があります。

料理酒に日本酒を使うと、料理の味は、よくなるのですが、料理に日本酒の味は、あまり感じません。隠し味になるのです。

食事、特に日本食を本当に美味しく味わうには、やっぱり日本酒が最高だと、私は思います。

今は、日本酒といっても、吟醸酒、古酒、原酒、等々いろいろな種類があり、それぞれにあう美味しい料理があります。我々の食文化の中で、いろいろなお酒と料理の相性を提案していこうと考えています。

酒というのは、単に飲むというのではありません。人々がみんなで楽しみながら会話をし、そこには美味しい料理があり、料理の中に酒があります。ですから、われわれ酒の造り手は、食文化を育てていく必要があると思うのです。

そのために良い酒を造っていくということは、山本本家の成り立ちの大きな根幹にあるものなのです。

 

ということで、祇園新橋で「友々ぼん」というお店を開店しました。

美味しい日本酒と美味しい料理をテーマに、ゆっくり流れる京都の時間を楽しんでもらえるお店です。この店を中心に、新しい提案をしていきたいと思います。

どうぞ、美味しい日本酒を、楽しい仲間と飲みに来てください。

2014年1月 8日 (水)

「お酒と料理との相性」 シリーズ最終回です

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
 
~~~~~
冷たい雨の降る、伏見からお届けします。
 
今日はシリーズ最終回
 
  お酒の話
 
「お酒と料理との相性」

  今、世界中に日本食ブームが起こっています。海外に行くと、日本食を食べるときには、日本酒という食文化が、ちゃんと守られています。

日本では、日本食を食べるときに、雑多なものを飲むようになってきました。

ワインと日本食の相性を考えたときも、まったく合わないとはいえないのですが、例えば、お刺身に、「いくら」が入っていたとします。

さて、「お刺身には、白ワインですね!」いう人がいて、飲んだとします。

どうなるかというと、口の中に、ブワーッといくらの生臭さが、広がります。

そうなんです。ワインは、生臭さを増長することが多いのです。

 もし、実験するなら、コクのある赤ワインと、いくら、キャビア、生ガキ、塩辛を試してみてください。

こんな時には、絶対日本酒です。魚の生臭みは、まったくどこかにいって、美味しさだけがひろがります。

逆に、日本酒がこの料理と相性が悪いというものが、非常に少ないのです。

  たとえば、チーズといえば、ワインですよね。

  では、大吟醸酒とブルーチーズは?

  だれでも、え?って言いますよね。

  ためしにやってみてください。結構 相性ばっちりです。

 

日本酒は、料理の相性がすごくいいのです。ただ、日本酒の場合、料理の味をよくするのですが、この料理で、日本酒が美味しくなるという意味では、難しいのです。

そうです。日本酒の味わいは、料理の味の後ろに隠れてしまう特徴があります。

料理酒に日本酒を使うと、料理の味は、よくなるのですが、料理に日本酒の味は、あまり感じません。隠し味になるのです。

食事、特に日本食を本当に美味しく味わうには、やっぱり日本酒が最高だと、私は思います。

今は、日本酒といっても、吟醸酒、古酒、原酒、等々いろいろな種類があり、それぞれにあう美味しい料理があります。我々の食文化の中で、いろいろなお酒と料理の相性を提案していこうと考えています。

酒というのは、単に飲むというのではありません。人々がみんなで楽しみながら会話をし、そこには美味しい料理があり、料理の中に酒があります。ですから、われわれ酒の造り手は、食文化を育てていく必要があると思うのです。

そのために良い酒を造っていくということは、山本本家の成り立ちの大きな根幹にあるものなのです。

 

ということで、祇園新橋で「友々ぼん」というお店を開店しました。

美味しい日本酒と美味しい料理をテーマに、ゆっくり流れる京都の時間を楽しんでもらえるお店です。この店を中心に、新しい提案をしていきたいと思います。

どうぞ、美味しい日本酒を、楽しい仲間と飲みに来てください。

~~~~~~~~

今日で、シリーズ最終回

ん~ 明日から何を書くか?

全く写真無しですみません。

 

鳥せい本店のツイッターです。

お得な情報もありますので、フォローしてください。

https://twitter.com/torisei1976/favorites

2014年1月 7日 (火)

こだわりの酒の話 美味しいお酒って、値段で決めるものでも規格で決めるものでありません。

いつもへべれけ

中年を過ぎた酒屋の三男坊 ぼんです。

~~~~~~~

寒い寒い 伏見からお届けします。

今日も、飽きずにお酒の話

======

こだわりの酒の話

====== 

以前は、いわゆる特級、一級、二級という名前で、国が一定の規格で、酒税とお酒の価格を決めていた時代が、長く続きました。

その基準に入らないけれど美味しいお酒は、すべて二級酒となり、安い価格でしか、販売できません。たとえば、古酒、長期熟成酒は、色があるので、級別審査には、絶対通りません。そうしたことで、級別制度は廃止されました。

手間暇かけて作ったこだわりが、共通して価格に反映されるようになったのです。

例えば、うちの「松の翆」

アルコール添加の無い純米大吟醸酒で、精米歩合も50%以下、山田錦や八反錦などの良質の酒造好適米を使用して、なおかつ、料理との相性も抜群のお酒です。

淡麗ですっきりした辛口で、非常に上品な味わいをしています。けれども、手をかけて作っているぶん、他のものに比べて値段は少々はるわけです。

そういう風に手をかけたお酒は、確かにうまいものです。

でも、それでは、この値段のものを普段から毎日飲めますかといったら、それは、ノーです。

普段に、安くて美味しいお酒も当然必要です。

残念ながら、一部のメーカーで、まずくてもいいから、安いお酒をつくって安売りしている酒蔵があって、残念な話です。また、その為に、日本酒は美味しくないと思われていることを全く気付いていないのですから。

 

例えば、テーブルの上に吟醸酒と普通酒がある。それを、どちらか解らないようにして

「普段の料理と一緒に毎日飲むとしたら、どっちが美味しいですか?」

とブラインドで聞いたら、おそらく普通酒のほうやと答える人が多いと思うのです。

吟醸酒や大吟醸酒などは、非常に手をかけていますので、それは、たしかに美味しいものです。でもそれは、ハレの場のお酒として「これは特別やね」という美味しさともいえる。常の酒として料理と一緒に毎日飲むのであれば、普通のお酒がいちばん美味しいように思うのです。

もちろん、人によって酒の楽しみ方はいろいろです。

造り手が個性的に酒を造るのもいいですし、品質にこだわって美味しく飲める酒という切り口もあるのではないか、ということです。

うちの酒の代名詞ともいえる「神聖」をまもっていくとともに、そうした新たな酒の飲みかたを提案していくのも、我々のこだわりの一つです。

2014年1月 6日 (月)

若い人に「本物の味」を伝えたい 日本酒の美味しさを伝えるのが下手な蔵元より

いつもへべれけ

中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。

鳥せい本店のツイッターです。

お得な情報もありますので、フォローしてください。

https://twitter.com/torisei1976/favorites

========

祇園「友々ぼん」のネットページが出来上がりました。

http://yu-yubon.com

是非見てください。

~~~~~

鳥せい本店は、今日(6日)もオープンしている正月気分の、伏見からお届けします。

今日も、お酒の話です。ひつこいかもしれませんが、もう少し続けます。

 =================

   若い人に「本物の味」を伝えたい

=================

 この一帯は、幕末の鳥羽伏見の戦いの舞台となったときに、ほとんどの建物が燃えてしまい、酒造業は大きな打撃を受けました。そうした苦境をのりきって、今の酒蔵・伏見があります。

 そこからいろいろな変動がありつつも、長い年月を経てここまで来ました。けれども20世紀の100年間で、日本の文化も含めて、日本酒の環境は大きく変わってきたように思います。まさにこれから先が大事なときです。

 いまは、若い人の日本酒離れが進んでいるという話もよく聞きます。確かに、ビールや焼酎、ワイン。ウイスキーなど、飲むものはいろいろありますし、若い人自体、あまりお酒を飲まないところもあるようです。長い間、主役の座にあった日本酒は、いろいろな酒の選択肢の一つとなって、需要がだんだん減ってきているという現状があります。

例えば、日本酒については、ちょっとした誤解もあって、手にされないことが有るのは残念です。

確かにほかのお酒に比べて、アルコール度数が高いので、気づかないうちに飲みすぎていることがあります。水分を取らないと、悪酔いすることが有ります。これは、美味しいからに他ならないと私は思います。酔ってしまう前に水を飲んでください。

それと糖尿病になりやすいという話がありますが、糖分だけで考えるとそんなに多くはなく、アルコールのカロリーが高いのと、料理を美味しくするので、食べすぎてしまうのが悪いのです。

そうした誤解を解いたうえで、我々の酒造りのこだわり、そして何百年と続いてきた日本酒文化を、若い人にどうやって伝えていけばいいのか。

若い人たちが何を求めているかというのを考えると「本物」を求めているのであって「偽物」ではないと思うのです。そこを我々業界は、間違っているところがあるのかもしれません。

例えば、女性に日本酒をもっと飲んでほしいと思う。それでワイン風の日本酒というものを作ってみようかとかシャンパン風の日本酒をつくったらいいというように、造る方は試行錯誤する。でもそうした「○○風」のものを作るのだったら飲むほうはやっぱり、その○○風の「本物」の方を飲むでしょう。

 ですから、われわれは、伝統の日本酒文化というものをふまえ、本物の味とは何か、本当にうまい飲みかたとは何かということを伝えていきたい。そういう本物に出会ったときの感動を若い人に伝えたいのです。

  うちのベースは基本的に、そうしたいいものをお届けするという姿勢です。これは、創業当時から変わりません。本物の味に気づいてくださる方々に支えられて、こうして今まで来れたのだと思います。本物の酒文化をどう伝えるかということが、これからは、大切になってくるのではないか、とそんな風に感じています。

 京都の食文化に目を移してみますと、長い歴史の中で、変わってきたこともやはり多々あります。今の和食でも、昔の和食とまったく同じ素材を使っているわけではありません。旧来の和食の原材料とは全く違うものを使って、新たな味を作り出そうとしている方もいらっしゃいます。その流れの中で、何かを変えないといけないと思っている方は、いらっしゃいます。

伝統を引き継ぎ、本物を伝えていくということは、そうした可能性をつねに模索していく姿勢の中にあると思うのです。

 長々とした文章、最後まで読んで頂きありがとうございます。

新しいお店を初めて、(友々ぼん)再確認したのですが、美味しい日本酒を飲んだ方が、すごく少ない。日本酒の本当に美味しい飲み方、料理の美味しい食べ方を、もう一度、伝えていかなければ なんて、思います。

2014年1月 5日 (日)

6日月曜日も鳥せい本店は営業ですよ で「経験のある杜氏さんがいなくなる中で」

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。

 
~~~~~
明日(6日)月曜日ですが堀せい本店は開店している、伏見からお届けします。
 
今日も、お酒の話
 

「経験のある杜氏さんがいなくなる中で」

いまの杜氏制度は、江戸時代ごろに出来上がったといわれています。

杜氏とは、農家や漁村から来た酒を造る専門職人のことです。この制度が出来上がるまでは、酒は、一年を通じて地元の人たちで作られていました。ところが、日本酒を造る経験が蓄積されていくうちに、寒い時期に集中して作ると美味い酒ができることがわかったのです。

寒造りへと酒造りが移行したことで、今度は冬に大量の酒を造る必要が出てきました。そうして農閑期だけ酒蔵にきて働く専門職が出来上がったというわけです。

ところが、農閑期だけといっても約半年、家族と別れての生活をする若い人がいなくなって、大きな転換期を迎えています。

お酒造りを習得するのに、大変長い期間が必要です。

杜氏になるまでには、追いまわしと呼ばれる下働きから始まって、「釜屋」「もと屋」「麹屋」「頭」など、1か所に3年として、早くても10年以上の修練が必要です。

そこで、当蔵では、高齢でも、作業ができるように、力のいる作業は、出来るだけ機械化し、少人数でも、造ることが出来、社員として、若い人材を雇用できるように変えていっています。

昔ながらの製法をかたくなに守ると同時に、更においしいお酒を造る努力をしています。

 

ここで余談です。昔は、酒蔵に女性は、一切入れませんでした。

日本酒は、自然の菌に大きく影響さます。今も、日落ち菌と呼ばれる乳酸菌の一種による汚染は、全くないかとおいうと、そうではないのです。

昔は、殺菌技術や密封技術が発達していなかったので、お酒が腐ることは、たびたび起きました。そして、蔵の中に悪い菌が充満すると、蔵すべてがダメになってしまうことも良く合ったのです。

私の子供のころは、納豆やヨーグルトは、厳禁でした。(ちなみに私は、納豆というものの存在自体を中学校まで知りませんでした)

そんななか、いろんな人を蔵に入れることは嫌ったのでしょう。

 

今はそんなことはなく、今年から、女性の蔵人が、当社にもやってきます。

結構機械化されている当蔵でも、力仕事は山盛りあるので、それだけがちょっと心配ですが、いろんな力を合わせて、美味しい酒造りをしなければいけません。

=========

鳥せい本店のツイッターです。
お得な情報もありますので、フォローしてください。
明日も鳥せいですよ。
友々ぼんは、まだお休みですから・・・
========
 

2014年1月 4日 (土)

今日(4日)から鳥せい本店開店してますよ!「鳥せい」にみる先代の思い

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
 
~~~~~
今日から鳥せい本店と天満橋店が、オープンする、伏見からお届けします。
 
樽酒の振る舞いがありますので、是非来て下さい。
 
今回は、やや甘口の純米酒
 
  いつもよりあっさりです。
 
=========
 
さて、今日は

 居酒屋「鳥せい」にみる先代の思い

    社長が十一代源兵衛を襲名したときに書かれたと思う以前の文章を

    少しだけ、修正しました。 

=========

 伏見の町の一角に、昔の酒蔵を改装して開店した「鳥せい」という、食事処があります。

新鮮な鶏料理とともに、我々のつくったお酒をお出しするお店です。

 昭和50年,先代が自社のお酒を多くの人に飲んでもらう場所が酒蔵の中にあっていいのではないか、と考えて始めたものです。

 そのアイデアは、ドイツやフランスに行くと、ワイナリーに行くと、醸造場の横には、自分の造ったワインを簡単な料理とともに試飲できる場所が良くあります。

先代(十代源平衛)はそれを見て、日本酒でも同じようにできるのでは、と考えたわけです。

 酒が美味しいことは、やっぱり飲んでみないとわかりません。

ただ、先代が店を出すにあたって考えていたことはもう一つあります。

何かといえば、自社の発展というだけではなく、この酒蔵の町・伏見の活性化にすこしでも役立てればという思いです。

そうして、酒蔵の形を残したまま「鳥せい」という新たな店を展開したのです。

 いま、観光で訪れる方々は、古き良き酒蔵が残った伏見の町並みを見にいらっしゃっています。町並みというのは、長い歴史の中ではぐくまれていくもので、一朝一夕にできるものではありません。ですから、今あるものをきちんと守らなければならない。

酒蔵が残るためには、何より我々酒造メーカーが経営をしっかりしなければなりませんが、先代は使わなくなった酒蔵も、取り壊すことはしませんでした。

ふつうなら、昔の酒蔵があった場所で店を始めるというのなら、すべて綺麗にして新しくしたくなると思うのです。

けれども先代はそうはしませんでした。自分たちの住む町、歴史有る町、我々を支えてきてくれた伏見という町のことを、きちんと考えていたのです。

ありがたいことに「鳥せい」に来られたお客様に、この昔ながらの酒蔵の雰囲気はおおいに喜んでいただけているようです。

店の中へ一歩はいれば、広々とした空間に木の太い梁が見え、どっしりとした白壁があり、酒蔵らしい堂々とした空気が漂っています。店内は、本物の酒蔵ですので、そこで出るお酒は、まさに蔵から出したばかりというインパクトがあります。そうした場所の雰囲気も楽しみながら、うちの原酒や鳥料理などを味わっていただくのです。

そして、その店を出てすぐのところには、我々の酒造りに欠かせない「白菊水」が、自由に汲めるようになっている井戸があります。今も近所の方だけでなく多くの方が利用しに来られています。そうした井戸水を皆さんにお分けしているのも、伏見の水を広く皆さんに知ってもらって、町の活性化に少しでもお役にたてればという思いがあったからです。

 

 酒蔵にせよ、井戸水にせよ、昔からあるものを今あるものに変え、生きた形で残していくことーそうして引き継がれてきたのが京都の伝統であり、われわれが今やらなければならないことではないかと思っております。

========
 
鳥せい本店のツイッターです。
お得な情報もありますので、フォローしてください。
さ!今日は鳥せいです。

2014年1月 2日 (木)

美味しいお酒って? 「しぼりたての原酒へのこだわり」 

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
========

 
正月も2日になって、体がだんだんアルコール漬けになってきた、伏見からお届けします。
 
今日も、お酒の話、第4弾
 
あ!今年は、妻のおせち料理はないので、写真が少なくてごめんなさい。

「しぼりたての原酒へのこだわり」

 

うちでいま力を入れている「源ベえさんの原酒」を飲まれたお客様から、こんな電話がかかってくることが、時々あります。

「いま、別のところのお酒と、あんたのところの原酒を飲み比べているんやけど、色が全然違うわ。この原酒黄色いぞ」

けれどもそういうときは

「ええ、そーなんです。昔ながらのお酒のように、色がついているのがその原酒の特徴なんです。」

とお話しさせていただいております。 

本来、しぼったままのお酒というのは、ほんのり黄色みを帯びています。

 しかし、昭和の初めあたりから「活性炭」というものが使われ始めました。

当時、色の薄い無色に近いものが良質とされていたのです。

 活性炭は、酒の色だけでなく、香りや味も抜いてしまいます。活性炭を入れると、あっさりしたお酒を造ることが出来ます。

極端な話、しぼった段階で、濃いお酒を造っておいて、後で、活性炭で味を抜く方が簡単なのです。

しかし、美味い酒を造るということを考えたとき、味や香りを取り除く活性炭を多く使うというのは、どうか?

美味い酒というのは、やはり、しぼった時にもうそのままの状態で美味しいものだと思います。しぼったままで美味しいお酒を造ろうやないかーそうしたこだわりから、うちの原酒づくりが始まりました。

そうしますと、もろみをしぼるまでの段階で、 味の悪い部分を出すことが出来ません。ですから、製造効率としてはあまりよくありません。

それでも、そんなお酒が、自然で美味しいんやないかと思います。酵母菌が造った味がそのまま出ていて、豊かで力強い味わいがします。酒蔵ごとに個性のあった昔ながらの酒、という意味でも、今の皆さんにアピールできるものは十分あると思うのです。

今はどちらかというと、あっさりしていてアルコール度数の低いお酒が主流になっています。しかしそうした流れの中で、かえって力強い原酒の味わいを新鮮に思われる方も多いようです。ここ最近の動きをみるとそうした手ごたえを感じます。

 以前、日本酒は、特級、一級、二級という段階制度があり、決められた味の基準に合わせて作るのが普通でした。

けれども今は違います。

我々の伏見の酒はこういうもんです、この酒もあの酒も、丹精込めてこだわりをもってつくっていますということも、これからはいろいろな角度からお伝えしたいと思っています。うちの原酒は、そうしたこだわりの一つといえるかもしれません。

~~~~~~~~
 
最後まで読んで戴いてありがとうございます。
 
鳥せい本店は、まだお休みです。
 
~~~~~~~~
 
鳥せい本店のツイッターです。
お得な情報もありますので、フォローしてください。

2014年1月 1日 (水)

お酒造りの技  「酒は泣かさんように面倒を見る」

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
鳥せい本店のツイッターです。
お得な情報もありますので、フォローしてください。
========
明けましておめでとうございます。元旦の、伏見からお届けします。
 
鳥せい本店、天満橋店は、4日から営業です。
 
今日は、ご自宅でゆっくり
 
ということで、お酒の話 No3
 
お酒造りの技について
 
=========

「酒は泣かさんように面倒を見る」

 =========

伏見が町として栄え始めたのは、安土桃山時代以降のことですが、ただ酒造りということに関していえば、平安時代にすでに始まっていたといいます。「酒造司(さけつくりのつかさ)」といいまして、平安京には酒造りの役所があり、朝廷から酒を造り免許が、ここ伏見に降りていたというのです。

 つまり、秀吉が腕のいい職人を集める前から、日本酒造りに重要な技術が伏見には芽生えていたということ。このころ造られた酒は、主に宮中や神社などで消費されていて、庶民は家で飲む分くらいのものを自家製していたといいます。

 いまの醸造技術というのは、そうした古い時代から積み重ねられた先人の経験の蓄積です。酒造業は伝統産業といわれますが、技術は常に進歩し今に至っています。

 さまざまな酒造経験が蓄積されて、技術が磨かれて、世情が安定した江戸時代になって、いわゆる「杜氏」という酒造りの専門職が花開きました。

 いい酒つくりには、水や米の原材料の質が問われることももちろんですけれども、こうした技の部分のウエイトも大きいものです。造り方が繊細で複雑な日本酒は、杜氏の技量によって酒の味が決まるとさえいわれています。

 我々が引き継いできた伝統の味は、高度な技術をもつ悦前杜氏によるものです。これは代々変わらず、引き継がれていること。秋口になると、杜氏・蔵人が糠の地よりやってきて、米一粒一粒丁寧に仕込んでいます。

 長い酒造りの工程でー米を丹念に磨き上げて、丁寧に洗米し、蒸しあげて麹を作り,酒母を作り、熟成させたもろみをしぼって酒にするーこのすべてに全神経を注いで作っているのです。

いまは、高度な機械技術と蔵人の腕や勘を組み合わせながら、最良の状態で酒の面倒を見ております。

 酒造業は伝統産業ということで、手作りといいますが、昔ながらの製法を守っているところがいいと思われているかもしれませんが、私は必ずしもそうとは思いません。

 酒というのは生き物です。

 仕込み始めたら相手は24時間、勝手に動いて成長していく。その間、まったく気が抜けないのです。

 これを完全に手作りしようとしたらたいへんなこと。相手は勝手に動いていますから、ひとときも目を離せません。そうなると蔵人たちはご飯も食べられないし、寝てもいけない、休みも取れないことになる。成長するまで掘っておいたらいいのやったら別にもんだいはないのですけれども、残念ながら美味しい日本酒を作るならばそういうわけにはいきません。

 よく皆さんは、酒造りといいますと、醗酵するもろみのタンクに杜氏や蔵人が櫂を入れ、膨れ上がった泡をふきこぼれないようにかき混ぜる作業を想像されると思います。しかしこの作業は、夜通し寝ずの番をしてタンクを見て回り、定期的に櫂を入れかき回すという大変な作業です。

しかし今は、蔵人がタイミングを見て機械を動かし、しばらく様子をみたらそこで少しは眠ることが出来ます。機会が働いている時間だけ仮眠が取れるのです。

ただ、酒造りのあらゆる工程を機械が管理しているのではありませんから、機械を使うタイミングなどは、やはり杜氏や蔵人に頼ることになります。

酒造りの場合は、京都の伝統的な和菓子つくりのように、手作りと機械つくりと十把一絡げに分けるとややこしいことになると思います。分けてしかるべき造り方があるのも事実ですが、酒造りの場合は、そうではないように思うのです。

赤ん坊がそれこそ毎日成長していくように、酒はどんどん成長していきます。要は、そういう成長過程の中で、どれだけ適正に可愛がってやるかということが酒造りでは一番大切なこと。酒も赤ちゃんのように、泣くこともあればねているときもあります。だから,泣かさんように、守りをしてやらないといけません。

もちろん、あくまで酒は人が造るものですから、やはり杜氏の腕がものをいいます。そうした伝統の技、機械の新しい技術の融合が、これからのいい酒を造りだすのではないでしょうか。

2013年12月31日 (火)

お酒を造るお米の話 鳥せい本店はお休みなので・・・

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
鳥せい本店のツイッターです。
お得な情報もありますので、フォローしてください。
=======
 
大晦日、今日から、正月3日まで 鳥せい本店はお休みの、伏見からお届けします。
 
ということで、ご自宅でゆっくりお過ごしください。
 
今日は、お米の話

「より良いものを常に探し求めて」

 

 水とともに、日本酒の原料として大切なものはもちろん米です。一般的に酒造りに適したお米というのは、食べて美味しいお米とは、形もその成分もけっこう違います。酒造りに適したお米というのは、粒が大きく、中心部に「心白(しんぱく)」という白い芯があるもの。この部分に、酒造りに欠かせないでんぷん質が含まれているのです。

 この心白が大きいと、米の中心部に麹カビが繁殖しやすく、良い酒が出来るのです。手間のかかる酒造りの工程のなかで、美味しいお酒が出来るかが、この芯白にかかっているともいえます。長い酒造りの工程の一番初めの作業は、米を磨き上げて精米することですけども、それはまわりの余計な成分を削り取って、米の真ん中のでんぷん質だけで、お酒を造るためなのです。

 ところで、山田錦やご百万石、美山錦という米の品種を耳にしたことが有りますでしょうか。これらは一般的に「酒造好適米」といわれるもので、その名の通り、酒造りに適した代表的な品種です。粒が大きくて心白が大きい。つまり白米の段階で酒造りに非常に適した優良品種なのです。

 我々の酒も、個の酒造りに適した一級品の米を使用しています。高価で入手しにくいとはいえ、良い酒を造りたいとおもいますと、やはりこうした酒造好適米を使って造りたくなるもの。

 しかし、こうした酒米の品種だけにこだわっていては、良い酒つくりには良い酒造りに結びつかないと私は思っています。

 たとえば、我々は、もう20年も前から、有機肥料米をつくっている農家と契約栽培をむすんできました。

 稲は、土壌や水の汚染をまともに受ける植物ですから、過剰の農薬がまかれていれば、農薬が残留し、酒にも影響を及ぼしかねません。そういうことがあって、農薬を極力減らして栽培した米を、我々の酒造りにも使うようになったのです。

 ただ、酒造好適米がそうであるように、すべてを有機肥料米にしようかと考えますと、そこで少々、壁にぶつかります。

 必要な量が確保できるとはいかないからです。しかし、そうであっても、そうした酒米へのこだわりは、持ち続けたいと思っています。与えられた条件のなかで、良い酒米をを求める姿勢を忘れたくないのです。

京都・伏見神聖酒蔵 鳥せい 本店 のサービス一覧

京都・伏見神聖酒蔵 鳥せい 本店
  • TEL050-3477-4673