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老舗酒蔵の三男(と言っても五十代)通称「ボン」と申します。伏見の地でかれこれ、三百三十年、江戸時代の初期より商いをしております。
といっても、伏見のことは、とんと無知で、これから勉強して行こうと思っています。
お酒のこと、伏見の歴史、伏見の楽しみ方を、お伝えしていきたいと思っていますので、これからも宜しくお願い致します。

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2016年6月 3日 (金)

DM原稿作成中 伏見の水の話 3ッつあった伏見城の話

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊
ぼんです
~~~~~~
鳥せいのDMの原稿を書いています。
今回は、2種類
水の話と伏見城の話
2つ書いてみました。
どちらにしようかな?
どっちが面白いですか?
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京都の水の話
京都の地下ってどんなになっているか、知っていますか?
簡単に言うと、すり鉢状になった岩盤層に、堆積層が 3層あるのです。
鳥せい本店あたりでは、約150m下が岩盤層
そして、粘土層が、100m 60m 20m の三層あって
その間に砂の層があります。
周りの山に降った雨は、砂の層を通って、
長い時間をかけて、地下水になります。
地下水は、粘土層にたまりますので、
各層に、井水がわきだします。
実際に、最下層の岩盤層の水が、御香宮の「御香水」
100 m下の第1 層目の井水が、酒蔵開きをしている「伏見銘酒協同組合」
60mの層が、鳥せいの駐車場の水です。
また、20 mの層の水は、瓶詰工場で、瓶の洗浄用に使用しています。
各層ともに、微妙に味が変わります。
そのまま飲むと、解らないのですが、
昆布出汁やお茶を入れると、差が分かります。
ちなみに、京都の水道水は、川から取得した水ですので、
また、味わいが変わります。
お茶や、出汁の出方で、食文化が出来上がるのですよね!
東京のそば出汁が、真っ黒なのは、
醤油の種類の違いだけではなく、関西の水質より、
硬度が高く、出汁が出にくいという理由もあるようです。
以前に、きき水会をやった時に、
水出し煎茶で、違いを味見したのですが、
硬水や水道水の方が美味しいという結果が出ました。
後で確認したら、あまり上等なお茶を使っていなかったので、
井戸水の方が苦味も出てしまったせいだとわかりました。
素直に、どんな味も出してしまうのです。
後日、上等なお茶で試してみたら、井水の方が美味しいという結果が出ました。
含まれている微妙な成分で、溶けこむ味わいが微妙に変わります。
昆布やお茶は、相性が微妙にあるようです。
また、断層があると、そこに、水がたまりやすくなるので、
断層のある場所には、良質の井水が出ると言われます。
伏見は、若狭あたりから続く 花折れ断層が、通っています。
400年前に、豊臣秀吉が最初に造った指月伏見城は、
この花折れ断層が起こした地震で崩壊しました。
すぐに、今の明治天皇陵、桃山御陵の位置に、建て直されました。
しかし、すぐに、秀吉が死去し、関ヶ原の戦いの前哨戦で、焼け落ちました。
徳川家康は、すぐに、真上に再建、3代将軍の代まで、徳川家の居城となります。
その後、廃城になり、各地に遺稿が残っています。御香宮の参門もそうです。
先日のタモリ倶楽部で出ていましたよね!
今の伏見城は、桃山御陵があるため、少し北に建てられています。
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 三方を山で囲まれた京都の街で、唯一開けた南側
その東の先端、京都から奈良大阪を一望できる丘の上に
豊臣秀吉は城を建てました。「指月伏見城」と呼ばれています。
当時は、南に巨椋池と言われる大きな湖を控え、風光明媚で、
交通の要所である伏見は、天下を統一した秀吉にとって、
政治の拠点として最高の場所であったようです。
水害の多い、巨椋池に巨大な堤を設け、
その内側に全国の大名と商人を集めます。
城の周りに側近の大名、堀の橋にも守護の為の大名屋敷を、
大名屋敷町の下(西側)に両替町と銀座(今の銀行街)を配置、
そして、その下に、町人街を配置しました。
秀吉は、都の玄関口に朝廷を守護し、
全国の大名を統治する当時の「首都」を建設したのです。
鳥せい本店のある位置は、この街の商業の中心地、
港に近い街道筋にあたります。
しかし、築城間もなく「指月伏見城」は大地震で崩壊、
すぐ後に今の明治天皇陵の場所に再建、
またしかし、間もなく豊臣秀吉は死去し、
その後は徳川家康が留守居役をとなり城を治めるのですが、
関ヶ原の戦いの前哨戦で焼け落ちます。その後、家康が、
その上に更に再建します。
政情が安定する3代将軍の代まで、徳川の居城となります。
徳川が駿府城に城を移した時に、3代目の「伏見城」も、廃城になります。
廃城になるまでの江戸時代の初期も、
首都の機能は江戸ではなく伏見にあったともいえるようです。
伏見は京都でありながら、城下町であり、首都であり、
港を持つ宿場町であり、日本酒の街であり、
少し違った文化を持った面白い街ですよね!
巨椋池の岸辺の山村を治水し道を造り人を集め
首都に造り替えた豊臣秀吉 今も坂や道割りは、
ほとんど変わっていません。街を歩けば感じれますよね?
酔い覚ましに如何?昔の地図は鳥せいの待合に!
例えば、中書島の駅前の下り坂は本当に島だった証拠とか!?
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2015年5月26日 (火)

鳥せい本店 幕末には?

鳥せい今昔物語 幕末

戦火の只中だった「鳥羽伏見の戦い」

鳥せい本店の近隣は、昔どうなっていたのか?

歴史を感じながら飲むのも、良いですよね!!!

今回は、幕末編です。

  鳥せい本店から、北へ50mの道の突当り、

ここは、幕末に会津藩邸がありました。

そして、更に東へ300m、伏見奉行所跡です。

鳥せい本店周辺は、鳥羽伏見の戦いの 幕府軍前線基地なのです。

大阪城から京に向かおうとする幕府軍を、

洛中に入れまいとする 薩長軍が伏見で迎え撃ちました。

薩長連合軍は、大手筋の北に位置する「御香宮神社」に 陣をとり、

大手筋通を挟んで両軍にらみ合います。

「鳥羽伏見の戦い」は、鳥羽の街道から京に向かう幕府軍と

薩長軍が「通す、通さない」の 小競り合いから戦火が上がり、

次いでこの地で開戦、薩長軍の砲火でこのあたりは火の海になります。

Photo

兵の数では、3倍以上の幕府軍でしたが、

訓練され統率のとれた薩長軍に苦戦します。

特に市街地での戦い、

幕府軍は、1万人以上の軍勢を有効に使うことはできなかった ようです。

というより、こんな狭い町中の場所に、

万を超える軍勢がどうやって戦ったのか不思議ですよね!

そして、2日目「錦の御旗」が薩長軍に挙げられます。

朝廷に認められた「官軍」であることを示したのです。

Photo_2

幕府軍は総崩れ、薩長軍に寝返る藩も多数出ます。

淀城も、寝返りによって入城できず大阪城へと撤退します。            慶応4年1月3日より、たった4日間の出来事で、

戦火はこのあたりを焼き尽くしたようです。

鳥せい裏の駐車場でも、炭や陶器の破片が出てくることもありました。            

但し「勝てば官軍」町を砲火に包んだ官軍の記述はほとんど残っていません。            

大手筋以南江戸時代の建物が残っていないことだけが、

このあたりが燃えたという証しを示しているのでしょう。

函館「五稜郭」まで、敗走する「戊辰戦争」の始まりです。

清酒神聖山本本家の本社はこの火災のすぐ後に再建された建物です。

江戸時代には、本社前の油掛通りが主な商店街でした。

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大手筋商店街が、大きな商店街になるのは、

鉄道ができ明治天皇陵ができる頃からです。

2015年1月 2日 (金)

おせち料理 今昔

あけましておめでとうございます。
今年も良い年でありますように!
正月はおせちとお酒

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それから何ですか?
子供のころは、ほんとにこれだけでした。
朝は、お雑煮
白みそのお雑煮(出汁は入れません)
具は、頭いも 丸餅 大根(細いのを輪切り)
食べるときに、削りカツオを山盛り掛けて
「おくもじ」という 大根のお漬物
全く、色のない、角のあるものもないお雑煮
昼夜は、おせち料理です。
ぼうだら こいも こんにゃく 大根 人参 ごぼう等々
ほとんど、精進料理です。
これを、お重に詰めることなく
鍋のまま台所に置いてあって
温めて、一人づつ、椀に盛ってお膳に出てきます。
昼夜同じ料理を、6回食べると、
ちょっと飽きます。
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にらみ鯛って、知っていますか?
生の鯛をお膳の真ん中に3が日置かれます。
4日目に食べるのですが、当然良い状態ではないので
良く焼いて、お茶漬けに・・・
今は昔、元旦は、おせちの後にローストビーフ
2日は、フグ鍋 
雪景色を見ながら、へべれけですね!

2014年4月27日 (日)

近世の伏見の歴史展 簡単にまとめてみました

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
鳥せい本店のツイッターです。
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晴天のGW 伏見からお届けします。
4月26日まで、京セラ美術館で
「近世の伏見展」が開催されていました。
最終日に行ってきました。
豊臣秀吉が伏見城を築いてから
鳥羽伏見の戦いまでの伏見
簡単に説明すると(間違っていたらすみません)
豊臣秀吉は、京都と大阪の交通の要所であり
巨椋池という湖を望む、風光明媚な伏見の地に
隠居の館であり、迎賓館的役割をする伏見城を
指月の丘に築城しました。
しかし、間もなく、慶長伏見大地震で崩壊
現在の桃山御陵のある場所に再築
しかし、関ヶ原の戦いの際,焼失、
徳川家康が再建します。
3代家光の時代に取り壊されました。
その後、幕末の鳥羽伏見の戦いまで 幕府直轄地として、
京都大阪間の水運の要衝として大きく発展します。
桃山という地名は、伏見城取り壊しの後
桃を植えたことによるようです。
しかし、桃は、樹齢が少なく、同じ場所に植え替えすることが出来ず
その後は、梅や茶畑に代わっていったようです。
桃山の歴史は、現在、この地が明治天皇陵になっているため
発掘することが出来ず、詳細が不明なことが多いようです。
例えば、秀吉が最初に建てた伏見城は、その後の伏見城と同じ場所であったのか?
鳥羽伏見の戦いでは、北から薩長軍 南から幕府軍
伏見の町では大手筋をさかいに あい対し、
そこから、幕府軍は、町に火を放って敗走、
街のほとんどが焼失しました。
ちなみに、伏見の酒造業が、発展するのは、
明治以降、鉄道で東京にお酒が運べるようになってからです。

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2014年1月 8日 (水)

「お酒と料理との相性」 シリーズ最終回です

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
 
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冷たい雨の降る、伏見からお届けします。
 
今日はシリーズ最終回
 
  お酒の話
 
「お酒と料理との相性」

  今、世界中に日本食ブームが起こっています。海外に行くと、日本食を食べるときには、日本酒という食文化が、ちゃんと守られています。

日本では、日本食を食べるときに、雑多なものを飲むようになってきました。

ワインと日本食の相性を考えたときも、まったく合わないとはいえないのですが、例えば、お刺身に、「いくら」が入っていたとします。

さて、「お刺身には、白ワインですね!」いう人がいて、飲んだとします。

どうなるかというと、口の中に、ブワーッといくらの生臭さが、広がります。

そうなんです。ワインは、生臭さを増長することが多いのです。

 もし、実験するなら、コクのある赤ワインと、いくら、キャビア、生ガキ、塩辛を試してみてください。

こんな時には、絶対日本酒です。魚の生臭みは、まったくどこかにいって、美味しさだけがひろがります。

逆に、日本酒がこの料理と相性が悪いというものが、非常に少ないのです。

  たとえば、チーズといえば、ワインですよね。

  では、大吟醸酒とブルーチーズは?

  だれでも、え?って言いますよね。

  ためしにやってみてください。結構 相性ばっちりです。

 

日本酒は、料理の相性がすごくいいのです。ただ、日本酒の場合、料理の味をよくするのですが、この料理で、日本酒が美味しくなるという意味では、難しいのです。

そうです。日本酒の味わいは、料理の味の後ろに隠れてしまう特徴があります。

料理酒に日本酒を使うと、料理の味は、よくなるのですが、料理に日本酒の味は、あまり感じません。隠し味になるのです。

食事、特に日本食を本当に美味しく味わうには、やっぱり日本酒が最高だと、私は思います。

今は、日本酒といっても、吟醸酒、古酒、原酒、等々いろいろな種類があり、それぞれにあう美味しい料理があります。我々の食文化の中で、いろいろなお酒と料理の相性を提案していこうと考えています。

酒というのは、単に飲むというのではありません。人々がみんなで楽しみながら会話をし、そこには美味しい料理があり、料理の中に酒があります。ですから、われわれ酒の造り手は、食文化を育てていく必要があると思うのです。

そのために良い酒を造っていくということは、山本本家の成り立ちの大きな根幹にあるものなのです。

 

ということで、祇園新橋で「友々ぼん」というお店を開店しました。

美味しい日本酒と美味しい料理をテーマに、ゆっくり流れる京都の時間を楽しんでもらえるお店です。この店を中心に、新しい提案をしていきたいと思います。

どうぞ、美味しい日本酒を、楽しい仲間と飲みに来てください。

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今日で、シリーズ最終回

ん~ 明日から何を書くか?

全く写真無しですみません。

 

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2014年1月 7日 (火)

こだわりの酒の話 美味しいお酒って、値段で決めるものでも規格で決めるものでありません。

いつもへべれけ

中年を過ぎた酒屋の三男坊 ぼんです。

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寒い寒い 伏見からお届けします。

今日も、飽きずにお酒の話

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こだわりの酒の話

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以前は、いわゆる特級、一級、二級という名前で、国が一定の規格で、酒税とお酒の価格を決めていた時代が、長く続きました。

その基準に入らないけれど美味しいお酒は、すべて二級酒となり、安い価格でしか、販売できません。たとえば、古酒、長期熟成酒は、色があるので、級別審査には、絶対通りません。そうしたことで、級別制度は廃止されました。

手間暇かけて作ったこだわりが、共通して価格に反映されるようになったのです。

例えば、うちの「松の翆」

アルコール添加の無い純米大吟醸酒で、精米歩合も50%以下、山田錦や八反錦などの良質の酒造好適米を使用して、なおかつ、料理との相性も抜群のお酒です。

淡麗ですっきりした辛口で、非常に上品な味わいをしています。けれども、手をかけて作っているぶん、他のものに比べて値段は少々はるわけです。

そういう風に手をかけたお酒は、確かにうまいものです。

でも、それでは、この値段のものを普段から毎日飲めますかといったら、それは、ノーです。

普段に、安くて美味しいお酒も当然必要です。

残念ながら、一部のメーカーで、まずくてもいいから、安いお酒をつくって安売りしている酒蔵があって、残念な話です。また、その為に、日本酒は美味しくないと思われていることを全く気付いていないのですから。

 

例えば、テーブルの上に吟醸酒と普通酒がある。それを、どちらか解らないようにして

「普段の料理と一緒に毎日飲むとしたら、どっちが美味しいですか?」

とブラインドで聞いたら、おそらく普通酒のほうやと答える人が多いと思うのです。

吟醸酒や大吟醸酒などは、非常に手をかけていますので、それは、たしかに美味しいものです。でもそれは、ハレの場のお酒として「これは特別やね」という美味しさともいえる。常の酒として料理と一緒に毎日飲むのであれば、普通のお酒がいちばん美味しいように思うのです。

もちろん、人によって酒の楽しみ方はいろいろです。

造り手が個性的に酒を造るのもいいですし、品質にこだわって美味しく飲める酒という切り口もあるのではないか、ということです。

うちの酒の代名詞ともいえる「神聖」をまもっていくとともに、そうした新たな酒の飲みかたを提案していくのも、我々のこだわりの一つです。

2014年1月 6日 (月)

若い人に「本物の味」を伝えたい 日本酒の美味しさを伝えるのが下手な蔵元より

いつもへべれけ

中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。

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祇園「友々ぼん」のネットページが出来上がりました。

http://yu-yubon.com

是非見てください。

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鳥せい本店は、今日(6日)もオープンしている正月気分の、伏見からお届けします。

今日も、お酒の話です。ひつこいかもしれませんが、もう少し続けます。

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   若い人に「本物の味」を伝えたい

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 この一帯は、幕末の鳥羽伏見の戦いの舞台となったときに、ほとんどの建物が燃えてしまい、酒造業は大きな打撃を受けました。そうした苦境をのりきって、今の酒蔵・伏見があります。

 そこからいろいろな変動がありつつも、長い年月を経てここまで来ました。けれども20世紀の100年間で、日本の文化も含めて、日本酒の環境は大きく変わってきたように思います。まさにこれから先が大事なときです。

 いまは、若い人の日本酒離れが進んでいるという話もよく聞きます。確かに、ビールや焼酎、ワイン。ウイスキーなど、飲むものはいろいろありますし、若い人自体、あまりお酒を飲まないところもあるようです。長い間、主役の座にあった日本酒は、いろいろな酒の選択肢の一つとなって、需要がだんだん減ってきているという現状があります。

例えば、日本酒については、ちょっとした誤解もあって、手にされないことが有るのは残念です。

確かにほかのお酒に比べて、アルコール度数が高いので、気づかないうちに飲みすぎていることがあります。水分を取らないと、悪酔いすることが有ります。これは、美味しいからに他ならないと私は思います。酔ってしまう前に水を飲んでください。

それと糖尿病になりやすいという話がありますが、糖分だけで考えるとそんなに多くはなく、アルコールのカロリーが高いのと、料理を美味しくするので、食べすぎてしまうのが悪いのです。

そうした誤解を解いたうえで、我々の酒造りのこだわり、そして何百年と続いてきた日本酒文化を、若い人にどうやって伝えていけばいいのか。

若い人たちが何を求めているかというのを考えると「本物」を求めているのであって「偽物」ではないと思うのです。そこを我々業界は、間違っているところがあるのかもしれません。

例えば、女性に日本酒をもっと飲んでほしいと思う。それでワイン風の日本酒というものを作ってみようかとかシャンパン風の日本酒をつくったらいいというように、造る方は試行錯誤する。でもそうした「○○風」のものを作るのだったら飲むほうはやっぱり、その○○風の「本物」の方を飲むでしょう。

 ですから、われわれは、伝統の日本酒文化というものをふまえ、本物の味とは何か、本当にうまい飲みかたとは何かということを伝えていきたい。そういう本物に出会ったときの感動を若い人に伝えたいのです。

  うちのベースは基本的に、そうしたいいものをお届けするという姿勢です。これは、創業当時から変わりません。本物の味に気づいてくださる方々に支えられて、こうして今まで来れたのだと思います。本物の酒文化をどう伝えるかということが、これからは、大切になってくるのではないか、とそんな風に感じています。

 京都の食文化に目を移してみますと、長い歴史の中で、変わってきたこともやはり多々あります。今の和食でも、昔の和食とまったく同じ素材を使っているわけではありません。旧来の和食の原材料とは全く違うものを使って、新たな味を作り出そうとしている方もいらっしゃいます。その流れの中で、何かを変えないといけないと思っている方は、いらっしゃいます。

伝統を引き継ぎ、本物を伝えていくということは、そうした可能性をつねに模索していく姿勢の中にあると思うのです。

 長々とした文章、最後まで読んで頂きありがとうございます。

新しいお店を初めて、(友々ぼん)再確認したのですが、美味しい日本酒を飲んだ方が、すごく少ない。日本酒の本当に美味しい飲み方、料理の美味しい食べ方を、もう一度、伝えていかなければ なんて、思います。

2014年1月 5日 (日)

6日月曜日も鳥せい本店は営業ですよ で「経験のある杜氏さんがいなくなる中で」

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。

 
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明日(6日)月曜日ですが堀せい本店は開店している、伏見からお届けします。
 
今日も、お酒の話
 

「経験のある杜氏さんがいなくなる中で」

いまの杜氏制度は、江戸時代ごろに出来上がったといわれています。

杜氏とは、農家や漁村から来た酒を造る専門職人のことです。この制度が出来上がるまでは、酒は、一年を通じて地元の人たちで作られていました。ところが、日本酒を造る経験が蓄積されていくうちに、寒い時期に集中して作ると美味い酒ができることがわかったのです。

寒造りへと酒造りが移行したことで、今度は冬に大量の酒を造る必要が出てきました。そうして農閑期だけ酒蔵にきて働く専門職が出来上がったというわけです。

ところが、農閑期だけといっても約半年、家族と別れての生活をする若い人がいなくなって、大きな転換期を迎えています。

お酒造りを習得するのに、大変長い期間が必要です。

杜氏になるまでには、追いまわしと呼ばれる下働きから始まって、「釜屋」「もと屋」「麹屋」「頭」など、1か所に3年として、早くても10年以上の修練が必要です。

そこで、当蔵では、高齢でも、作業ができるように、力のいる作業は、出来るだけ機械化し、少人数でも、造ることが出来、社員として、若い人材を雇用できるように変えていっています。

昔ながらの製法をかたくなに守ると同時に、更においしいお酒を造る努力をしています。

 

ここで余談です。昔は、酒蔵に女性は、一切入れませんでした。

日本酒は、自然の菌に大きく影響さます。今も、日落ち菌と呼ばれる乳酸菌の一種による汚染は、全くないかとおいうと、そうではないのです。

昔は、殺菌技術や密封技術が発達していなかったので、お酒が腐ることは、たびたび起きました。そして、蔵の中に悪い菌が充満すると、蔵すべてがダメになってしまうことも良く合ったのです。

私の子供のころは、納豆やヨーグルトは、厳禁でした。(ちなみに私は、納豆というものの存在自体を中学校まで知りませんでした)

そんななか、いろんな人を蔵に入れることは嫌ったのでしょう。

 

今はそんなことはなく、今年から、女性の蔵人が、当社にもやってきます。

結構機械化されている当蔵でも、力仕事は山盛りあるので、それだけがちょっと心配ですが、いろんな力を合わせて、美味しい酒造りをしなければいけません。

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明日も鳥せいですよ。
友々ぼんは、まだお休みですから・・・
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2014年1月 4日 (土)

今日(4日)から鳥せい本店開店してますよ!「鳥せい」にみる先代の思い

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
 
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今日から鳥せい本店と天満橋店が、オープンする、伏見からお届けします。
 
樽酒の振る舞いがありますので、是非来て下さい。
 
今回は、やや甘口の純米酒
 
  いつもよりあっさりです。
 
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さて、今日は

 居酒屋「鳥せい」にみる先代の思い

    社長が十一代源兵衛を襲名したときに書かれたと思う以前の文章を

    少しだけ、修正しました。 

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 伏見の町の一角に、昔の酒蔵を改装して開店した「鳥せい」という、食事処があります。

新鮮な鶏料理とともに、我々のつくったお酒をお出しするお店です。

 昭和50年,先代が自社のお酒を多くの人に飲んでもらう場所が酒蔵の中にあっていいのではないか、と考えて始めたものです。

 そのアイデアは、ドイツやフランスに行くと、ワイナリーに行くと、醸造場の横には、自分の造ったワインを簡単な料理とともに試飲できる場所が良くあります。

先代(十代源平衛)はそれを見て、日本酒でも同じようにできるのでは、と考えたわけです。

 酒が美味しいことは、やっぱり飲んでみないとわかりません。

ただ、先代が店を出すにあたって考えていたことはもう一つあります。

何かといえば、自社の発展というだけではなく、この酒蔵の町・伏見の活性化にすこしでも役立てればという思いです。

そうして、酒蔵の形を残したまま「鳥せい」という新たな店を展開したのです。

 いま、観光で訪れる方々は、古き良き酒蔵が残った伏見の町並みを見にいらっしゃっています。町並みというのは、長い歴史の中ではぐくまれていくもので、一朝一夕にできるものではありません。ですから、今あるものをきちんと守らなければならない。

酒蔵が残るためには、何より我々酒造メーカーが経営をしっかりしなければなりませんが、先代は使わなくなった酒蔵も、取り壊すことはしませんでした。

ふつうなら、昔の酒蔵があった場所で店を始めるというのなら、すべて綺麗にして新しくしたくなると思うのです。

けれども先代はそうはしませんでした。自分たちの住む町、歴史有る町、我々を支えてきてくれた伏見という町のことを、きちんと考えていたのです。

ありがたいことに「鳥せい」に来られたお客様に、この昔ながらの酒蔵の雰囲気はおおいに喜んでいただけているようです。

店の中へ一歩はいれば、広々とした空間に木の太い梁が見え、どっしりとした白壁があり、酒蔵らしい堂々とした空気が漂っています。店内は、本物の酒蔵ですので、そこで出るお酒は、まさに蔵から出したばかりというインパクトがあります。そうした場所の雰囲気も楽しみながら、うちの原酒や鳥料理などを味わっていただくのです。

そして、その店を出てすぐのところには、我々の酒造りに欠かせない「白菊水」が、自由に汲めるようになっている井戸があります。今も近所の方だけでなく多くの方が利用しに来られています。そうした井戸水を皆さんにお分けしているのも、伏見の水を広く皆さんに知ってもらって、町の活性化に少しでもお役にたてればという思いがあったからです。

 

 酒蔵にせよ、井戸水にせよ、昔からあるものを今あるものに変え、生きた形で残していくことーそうして引き継がれてきたのが京都の伝統であり、われわれが今やらなければならないことではないかと思っております。

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さ!今日は鳥せいです。

2014年1月 2日 (木)

美味しいお酒って? 「しぼりたての原酒へのこだわり」 

いつもへべれけ
中年を過ぎた酒屋の三男坊 ボンです。
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正月も2日になって、体がだんだんアルコール漬けになってきた、伏見からお届けします。
 
今日も、お酒の話、第4弾
 
あ!今年は、妻のおせち料理はないので、写真が少なくてごめんなさい。

「しぼりたての原酒へのこだわり」

 

うちでいま力を入れている「源ベえさんの原酒」を飲まれたお客様から、こんな電話がかかってくることが、時々あります。

「いま、別のところのお酒と、あんたのところの原酒を飲み比べているんやけど、色が全然違うわ。この原酒黄色いぞ」

けれどもそういうときは

「ええ、そーなんです。昔ながらのお酒のように、色がついているのがその原酒の特徴なんです。」

とお話しさせていただいております。 

本来、しぼったままのお酒というのは、ほんのり黄色みを帯びています。

 しかし、昭和の初めあたりから「活性炭」というものが使われ始めました。

当時、色の薄い無色に近いものが良質とされていたのです。

 活性炭は、酒の色だけでなく、香りや味も抜いてしまいます。活性炭を入れると、あっさりしたお酒を造ることが出来ます。

極端な話、しぼった段階で、濃いお酒を造っておいて、後で、活性炭で味を抜く方が簡単なのです。

しかし、美味い酒を造るということを考えたとき、味や香りを取り除く活性炭を多く使うというのは、どうか?

美味い酒というのは、やはり、しぼった時にもうそのままの状態で美味しいものだと思います。しぼったままで美味しいお酒を造ろうやないかーそうしたこだわりから、うちの原酒づくりが始まりました。

そうしますと、もろみをしぼるまでの段階で、 味の悪い部分を出すことが出来ません。ですから、製造効率としてはあまりよくありません。

それでも、そんなお酒が、自然で美味しいんやないかと思います。酵母菌が造った味がそのまま出ていて、豊かで力強い味わいがします。酒蔵ごとに個性のあった昔ながらの酒、という意味でも、今の皆さんにアピールできるものは十分あると思うのです。

今はどちらかというと、あっさりしていてアルコール度数の低いお酒が主流になっています。しかしそうした流れの中で、かえって力強い原酒の味わいを新鮮に思われる方も多いようです。ここ最近の動きをみるとそうした手ごたえを感じます。

 以前、日本酒は、特級、一級、二級という段階制度があり、決められた味の基準に合わせて作るのが普通でした。

けれども今は違います。

我々の伏見の酒はこういうもんです、この酒もあの酒も、丹精込めてこだわりをもってつくっていますということも、これからはいろいろな角度からお伝えしたいと思っています。うちの原酒は、そうしたこだわりの一つといえるかもしれません。

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最後まで読んで戴いてありがとうございます。
 
鳥せい本店は、まだお休みです。
 
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京都・伏見神聖酒蔵 鳥せい 本店
  • TEL050-3477-4673